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なんじ、君子の儒となれ

なんじ、君子の儒(じゅ)となれ、小人の儒となるなかれ論語第6篇「雍也第六」の第10章 孔子が弟子の子夏に向って曰われるには、『汝は学問するならば、自身の人格の完成を求めるような儒(学者)となれ。小人(しょうじん…人格の劣 […]

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知者は惑わず

知者は惑(まど)わず、仁者は憂え(うれえ)ず、勇者は懼れ(おそれ)ず孔子の論語 憲問第十四の三十 より 論語に「知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず」とありますが、日本人はこの”三者調和“を大事にしています。 歌舞伎 […]

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子を養いて教えざるは父の過ちなり

子を養いて教えざるは父の過ちなり。教えて導くこと厳ならざるは師の怠りなり。父教え、師厳しくして、学問のなることなきは子の罪なり。(司馬 光) 父親には子を養うとともに教訓する義務があり、教師には教えるだけでなく学問する態 […]

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人の一生は重荷を負うて

人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし急ぐべからず(徳川家康) 徳川家康の遺訓として有名な一文の最初の一行です。 つづく言葉は「不自由を常と思えば不足なし 心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし堪忍は、無事の […]

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驥尾に付す

きびにふす  と読みます。  中国に驥(き)という駿馬がいたのですが、その尻尾につかまっていた蝿が、馬が走ると共に、思いがけず遠くまで来たという故事によるもので、遠くまでは飛べない蝿でも、名馬の尻にくっついて行けば、千里 […]

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ベクトルを合わす

Y社長時代が10年余り続き、創業者のN会長が将来を憂えて、経営に関する梃入れと刺激策の一環として新たにA社長を迎え入れられました。私は当時、藤沢工場(コンプレッサー事業部)の人事課長をしていましたが、課長クラス以上の役職 […]

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船頭多くして

船頭多くして 船 山に登る 一艘の船に、棹差す先導が何人もいると船の進路が定まらず、しまいには山に乗り上げてしまう。 指図するものが多いと方針がまとまらず結局仕事や計画がとんでもない方向に進んでしまうことのたとえ。 かれ […]

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一果腐りて万果損ず

一果腐りて万果損ず  一個の果物が腐ると、それが原因でほかの多くの果物も損なわれるの意から、ちょっとした悪がほかに大きな影響を与えることのたとえ。悪が悪を生み、やがて大きな悪に成長することを説き、悪に対して各人の注意を促 […]

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学びて思わざれば

学びて思わざれば、すなわち罔(くら)し。思いて学ばざれば、すなわち殆(あや)うし(孔子) 知識を吸収するばかりで自分の考えを持たなければ、何も理解したことにならない。逆に思考ばかりで他から知識を得たり、教えを乞うたりする […]

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今を失いて治めざれば

今を失いて治めざれば、必ず錮疾(こしつ)とならん(班固) 錮疾とは長く直らない病気のことで、優良と思われる企業でも、人との関係でも病気にたとえられるような事態は必ず起こるものだ。その手当の時機を逸すれば、大きな犠牲を要す […]

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