「刻舟求剣」─中国の故事・・・ 呂氏春秋より
「刻舟求剣」は、川で剣を落とした男が、 「このあたりで落とした」と舟の縁に印を刻み、 岸に着いてからその印の下を探した、という話です。
舟は流れているのに、印はそのまま。 当然、剣は見つかりません。
この寓話が伝えたいのは、 “状況が変わっているのに、昔の基準や固定観念にしがみついても意味がない” ということでしょう。 「刻舟求剣」─中国の故事・・・ 呂氏春秋より
法律や就業規則で決まっているから と決めつけても、人は制度では動かず、人との信頼関係が構築できてこそ初めて動く、ということ。
この故事を最近多くなっている「ハラスメントによる休職」に当てはめるとどうなるか
ハラスメントを受けて心身が限界に近づいているのに、 「昔は我慢するのが当たり前だった」 「制度はあるけど、使うのは大げさだ」 「弱いと思われたくない」 と考えてしまう人が今も多くいます。 私は30代の前半の頃に、上司の人事課長が重い病で休職される中、1000人余りの従業員がいる事業所の人事係長として課長に代わり、海外事業場の担当もすることとなり、朝早くから夜遅くまで会社に長時間いました。 そのためか、過重労働で今でいう「うつ病」の前兆となりました。 その異変に気付いた妻の気転で医者へ掛かったら、診察時に状況を聞かれて 「このままの生活を続けていると、3カ月ほど経ったら入院が必要になるよ」 と言われて、目覚めました。
今もまさに現代の“刻舟求剣”の状態が続いてると考えても不思議ではありません。 現に、メンタルヘルス不調で休職する人が顧問先の従業員にも増えています。
今の社会情勢は変わっています。 心は傷つき、体は悲鳴を上げているのに それでも「昔の価値観」という舟の刻みを頼りに行動しようとする。 けれども、その舟はもう流れてしまっていて 今の自分を取り巻く環境とは違っています。
人事の方が制度をいくら説明しても、人は心を動かされません。 「休職制度があります」「相談窓口があります」と言われても、 それは“舟の刻み”のように、頭の上をすり抜けて、心に留まっていないのです。
では、何が人を動かすのか
それは“体験などによる物語”を聞いて、聞く方が、自分のものとして腹に落とし込んでくれてこそのものです。
たとえば、同じようにハラスメントで苦しみ、 「休むのが怖かったけれど、休んだことで救われた」 という先輩の話を聞いたときに、その体験談(物語)は、 「舟の刻みではなく、今の自分の状況に合わせて同じやなぁ 悩むことはないんやなぁ」 という心に刻みを入れて変化をもたらします。
このように決まっているから と言う制度面からの説明は、枠組みを示すだけですが、体験談(物語)は心に深い感銘と何らかの行動の芽を与えてくれます。
「刻舟求剣」の寓話が、何千年も語り継がれてきたのは、 制度よりも体験談(物語)の方が、人の行動を変える力を持つからと考えます。

