職人が良い仕事をしたければ、まず道具を整えよ

「工欲善其事、必先利其器」 出典:『論語』衛霊公篇

良い成果には、準備と基礎固めが不可欠という教え 

今からおよそ60年前、私は冷蔵庫や自動販売機などの冷機を製造する会社に入社した。関東の事業所へ転勤したとき、そこで突きつけられたのは厳しい現実だった。塗装の不良率が他事業所の倍に達し、重役会でも度々問題視され、事業所責任者のF専務は肩身の狭い思いをしていたという。人事課長にまで改善指示が下り、赴任したばかりの私にも白羽の矢が立った。人事部門の主任として教育・訓練を担当していた私は、「とにかくやるしかない」と腹を括った。

調べてみると、他の事業所には技能士資格を持つ者が複数いるのに、ここには一人もいない。理由を尋ねると、実技試験場であるT塗装会社との関係が悪く、学科は合格しても実技で落とされるという。事情はどうあれ、このままでは前に進めない。私は別の道を探し、横浜・二俣川の職業訓練校に頼み込み、土曜午前の特別講座を開いてもらえるよう交渉した。休日開催の手続きや講師の手当など課題は多かったが、訓練校は誠意を受け止めてくれた。今思い返しても、感謝の気持ちしかない。

初年度は班長クラス5名を選抜し、必死の努力の末、全員が合格した。私自身も引率しながら多くを学んだ。塗装には25メートルプールに小さじ一杯の異物すら許されない純水が必要であること。埃は絶対の敵であるのに、昼休みにバレーボールをした従業員が埃まみれの作業服のまま塗装場に入っていたこと。こうした“基礎の基礎”が品質を左右するのだと痛感した。そこでエアーカーテンを設置し、埃を持ち込まない仕組みを整えた。

理論を学んだ5名が職場で指導役となり、品質は目に見えて向上した。翌年には倍増計画を立て、さらに15名が合格。事業所全体が変わり始めた。続いて金属プレス、板金、機械加工、旋盤、検査、仕上げ、品質管理、電気機器組立へと挑戦の輪を広げ、専務の激励のもと、事業所全体が同じ方向を向いた。結果として、全社で最も多くの技能士を輩出し、品質レベル最高の事業所という栄誉を手にした。

私が伝えたいのは、どんな仕事も基礎は地味で時間がかかり、面白みに欠けるということだ。しかし、その基礎を確かめる手段としての資格取得は、個人の成長を可視化し、職場の意識を高める力を持っている。だからこそ、私は新人たちに資格取得を勧め続けてきた。今でも後輩たちが「あの時の挑戦が今の自分をつくった」と笑顔で語ってくれる。それが何よりの喜びである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です