ベクトルを合わす

Y社長時代が10年余り続き、創業者のN会長が将来を憂えて、経営に関する梃入れと刺激策の一環として新たにA社長を迎え入れられました。
私は当時、藤沢工場(コンプレッサー事業部)の人事課長をしていましたが、課長クラス以上の役職者が東大阪の本社に集合し、交代された新社長の就任挨拶を聞きました。
 なかでも印象深く記憶に残ったのは、「ベクトルを合わせる」という言葉と、「マンネリ化していて危機感が麻痺している」ということでした。
それは当社が、大企業病に足を突っ込みかけており、それぞれの組織がセクショナリズムに陥っているからだ とのことでしたが、自覚が無いということは恐ろしいことです。
ベクトルを合わすとは、仕事を進める際、お互いの状況報告をしたり、方向性を確認したりすることを、こう表現するのだそうです。
さすが理系社長というべきか、これまでの文系社長と違って うーん、かっこいい! と思ったものです。

その言葉がしっかりと頭に叩き込まれたのは、事業計画のトップへの報告が終わり上司の説明を聞いた時でした。
事業計画のトップへの報告とは、毎年創業記念日に出される社長の年度方針を受けて、各部門長が具体的に自部門としてどのように取り組むか を説明するものです。
 その年の社長の年度方針の中には「新製品を開発する」というスローガンがありました。
人事や経理、営業などほとんどの管理・間接部門は、「新製品を開発する」というのは、技術部門の担当であるとして、自部門の取り組みには取り上げていませんでした。

 一通りの発表を聞いてから、社長は「君らの部門は新製品が無いのか? 経理なら月々の決算を3日早める とか 人事なら総人件費の削減のために組織のスリム化を図り数値で掴む などがあるだろう」と厳しく突っ込まれたそうです。
また、「人材育成というと、人事部門の役割と考えていないか? 部下の育成は、それぞれの部門長の仕事であるが、そのことを放棄していないか?」とも言われた後に、就任の挨拶の際に ベクトルを合わそう と言ったのは、このことだ と言われたそうです。

 組織(己の)セクショナリズムを捨てて、広い視野のもとに真に会社の利益につながる目標に向けてベクトルを合わせていかねば と胆に銘じた次第です。

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